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最高裁判所第二小法廷 平成3年(行ツ)160号 判決 1992年2月14日

上告人

徳島県地方労働委員会

右代表者会長

小川秀一

右指定代理人

藤川健

岡部達

市原武

河野平

近藤敬子

右補助参加人

全日本金属情報機器労働組合徳島地方本部

右代表者執行委員長

金丸忠雄

右補助参加人

全日本金属情報機器労働組合徳島地方本部徳島船井電機支部

右代表者執行委員長

武市勉

右両名訴訟代理人弁護士

林伸豪

川真田正憲

被上告人

池田電器株式会社

右代表者代表取締役

池田孝

右当事者間の高松高等裁判所平成元年(行コ)第四号不当労働行為救済命令取消請求事件について、同裁判所が平成三年三月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤川健、同岡部達、同市原武、同河野平、同近藤敬子の上告理由及び上告補助参加人代理人林伸豪、同川真田正憲の上告理由について

本件救済命令のうち被上告人に関する部分は、被上告人に対し、補助参加人両名の会社再建、解雇撤回の要求について誠実に団体交渉をするように命ずるものであると解される。

しかし、原審の認定するところによれば、(1) 被上告人は、昭和六〇年ころから急激な円高の影響等により経営不振に陥り、希望退職者の募集、一時帰休による賃金カット等の対策を採ったものの、経営が好転しないまま同六二年四月末ころ倒産した、(2) 被上告人は、同年五月一一日、徳島地方裁判所に和議手続開始の申立てをするとともに、その従業員全員を解雇した、(3) 補助参加人両名は、右解雇後、被上告人に対し会社再建、右解雇の撤回を求めて団体交渉を申し入れ、同年五月一三日から同年七月二〇日まで五回にわたり補助参加人両名と被上告人との間で団体交渉が行われたが、被上告人は会社再建、右解雇の撤回は考えられない旨を明言して両者の主張は平行線をたどり、被上告人は右の問題につきそれ以上交渉をする余地はないとして団体交渉を拒否するに至った、(4) 補助参加人両名は、右団体交渉の拒否は不当労働行為に該当するとして上告人に対し不当労働行為救済の申立てを行ったが、右救済申立事件の係属中、右和議手続開始の申立てが棄却され、被上告人は、同地方裁判所に破産の申立てをし、同六三年一月一九日に破産宣告を受けた、その後上告人は、同年一〇月一一日付けで本件救済命令を発した、(5) 被上告人と船井電機株式会社(以下「船井電機」という。)の間に資本的な関係はなく、また、被上告人は、約五年間、船井電機の支配下でその発注を受けて経営を行っていたが、同五九年四月ころからその支配を脱却して独自に受注先を開拓し経営を行ってきたものであり、右解雇当時、従業員の雇用の確保に関して船井電機の協力を得ることはできない状況にあった、(6) 被上告人には、破産の廃止に関し破産債権者に対する弁済のために提供すべき資産はなく、破産債権者から破産廃止について同意を得ることはほとんど不可能である、というのであり、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。

右事実関係によれば、本件救済命令の発令当時において、補助参加人両名の会社再建、解雇撤回の要求について、右両名と被上告人との主張は対立し、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みはなく、団体交渉を継続する余地はなくなっていたというべきであるから、被上告人が右の問題につき団体交渉の継続を拒否していたことに正当な理由がないとすることはできない。本件救済命令のうち被上告人に関する部分を違法として取り消すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、いずれも、右と異なる見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するか、又は判決の結論に影響を及ぼさない点をとらえて原判決の違法をいうものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

(平成三年(行ツ)第一六〇号 上告人 徳島県地方労働委員会)

上告代理人藤川健、同岡部達、同市原武、同河野平、同近藤敬子の上告理由

第一点 原判決の判断には、次のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな手続及び採証法則の法令違背がある。

一 (1) 原判決は、上告人が、「参加人支部組合は昭和六一年一二月一日から昭和六二年四月二九日までの間一〇回にわたり控訴人(被上告人)と団体交渉し、会社経営不振の実情の説明、対策につき意見を述べ、控訴人が第一一期、第一二期の各貸借対照表、損益計算書を提示して説明して支部組合の協力を求め、逐次その対策を採ったが経営が好転せず、昭和六二年四月二九日の団体交渉において、人員削減案を提示して、支部組合も希望退職者の募集、一時帰休による賃金カット等に協力した。しかし、控訴人は、従業員を半数にしなければ経営を再建できない旨述べ支部組合にその協力を求めたが、支部組合はこれに従わず、結局そのころ倒産した。」(<証拠略>)との事実を理由の一つとして、本件救済命令を発したのは争いのない事実であるとする。

(2) しかしながら、上告人は、右のような争いのないとされた事実は、認めたこともないし、主張したこともないのであり、「参加人支部組合は昭和六一年一二月一日から昭和六二年四月二九日までの間一〇回にわたり控訴人と団体交渉し、会社経営不振の実情の説明、対策につき意見を述べ、」とした点を除き、本件救済を命じた団体交渉とは無関係な事実又は存在しない事実である。

(3) すなわち、被上告人が第一一期、第一二期分の各貸借対照表、損益計算書を提示したのは、(証拠略)(参加人支部組合が作成した昭和六二年三月三〇日の団体交渉議事録)及び(証拠略)(被上告人が作成した昭和六二年三月三〇日の団体交渉議事録)にもあるとおり、昭和六二年三月三〇日の団体交渉の時であり、この資料を基に被上告人が参加人支部組合に対して詳細に説明した事実、支部組合の協力を求め、逐次その対策を採ったとの事実は、(証拠略)(参加人支部組合が作成した昭和六二年三月三〇日の団体交渉議事録)及び(証拠略)(被上告人が作成した各団体交渉議事録)によれば、昭和六二年三月三〇日、同月三一日、四月二八日、同月二九日、五月一三日、同月二七日、六月四日、同月一九日及び七月二〇日の各団体交渉においても存在しないのである。

(4) 昭和六二年四月二九日の団体交渉の内容は、(参加人支部組合が作成した昭和六二年四月二九日の団体交渉議事録)及び(被上告人が作成した昭和六二年四月二九日の団体交渉議事録)にあるとおり、池田社長は、「再建しようとしても受注が確保できないのが問題である。大幅な人員削減、合理化できなければ五月一〇日の倒産は避けられない。」旨を述べ、参加人組合に前進の回答を求めたが、参加人組合は、「昭和六〇年の希望退職、賃金カット等にも応じてきたが、会社は企業体質の改善、直間比の見直し、コストダウン等についての努力がなされていない。」などの旨を主張し、平行線をたどったものであり、「昭和六二年四月二九日の団体交渉において、人員削減案を提示して支部組合も希望退職の募集、一時帰休による賃金カット等に協力した。」との事実は存在しないのである。

被上告人が人員削減案を提示して、参加人組合が希望退職に応じたのは、(証拠略)(被上告人が作成した団体交渉議事録)にあるとおり、昭和六〇年末のことであり、本件救済を命じた団体交渉とは無関係な事実である。

(5) また、参加人組合が一時帰休による賃金カット等に協力したのは、上告人が命じた救済命令書(六頁)にあるとおり、昭和六一年六月頃から同年九月頃までと昭和六二年一月から和議申立(昭和六二年五月一一日)までのことで、昭和六二年四月二九日の団体交渉においては、右に述べたように賃金カット等に協力したとの事実は存在しないのである。

(6) さらに、被上告人が、「従業員を半数にしなければ」と述べたのは、(証拠略)(被上告人が作成した団体交渉議事録)にあるとおり、昭和六〇年一二月二七日の団体交渉においてのことであり、本件救済を命じた団体交渉とは無関係な事実である。

本件救済を命じた団体交渉においては、(証拠略)(いずれも被上告人が作成した団体交渉議事録)にあるとおり、「大幅な人員削減、合理化を実施しなければ倒産は避けられない。」旨を述べただけである。

(7) 右のとおり、原判決が当事者間で争いのない事実として採用したものの殆どは、上告人が命じた団体交渉とは全く無関係な事実又は存在しない事実であり、これは、当事者の主張していない事実を採用したうえ、重大な事実誤認をしているものであって、判決に影響を及ぼすことが明らかな手続及び採証法則の法令違背がある。

二 (1) 原判決は、上告人が、「既に控訴人(被上告人)が破産宣告を受けているけれども、控訴人は破産廃止の申立をし、経営を再建すべきである。」(<証拠略>)との理由から本件救済命令を発したとする。

(2) しかしながら、上告人は、上告人が発した救済命令書において右のような判断は下していないし、第一審及び原審(控訴審)においても右のような主張はしていないのである。

(3) しかも、上告人は、原審第三回口頭弁論において、裁判長から、本件救済命令を発するにおいて、被上告人にどのような団体交渉ができると期待しているのか、と釈明を求められたことに対し、平成二年三月一日付準備書面において、「団体交渉の結果によっては、原審(第一審)判決理由二の3においても判示されているとおり、強制和議や破産廃止の法律上の制度を利用しての事業の継続の途、又は、その他の手段による労働者の雇用確保を図る余地が全くないとは言えないだけに、委員会(上告人)としては、会社(被上告人)が、破産原因、再建の可能性の有無を含め、会社の経理・経営内容・会社と船井電機との関連などについて、誠意ある説明・協議を尽くすことを期待したものである。」と主張しただけのことであり、被上告人に対して、「破産廃止の申立をし、経営を再建すべきである。」という義務までも負わせるような主張はしていないのである。

(4) しかるに、原判決は、「破産廃止の申立をし、経営を再建すべきである。」との理由から、上告人が本件救済命令を発したとするのは、上告人の発した救済命令の趣旨を理解しないだけでなく、上告人が裁判長の求釈明に応えた準備書面の内容をも曲解したものといわざるを得ない。

(5) 右のとおり、上告人の下した救済命令及び準備書面における主張を曲解した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな手続の法令違背がある。

三(1) 原判決は、上告人が、「右経営再建ができないとしても、控訴人(被上告人)が徳島船井から営業譲渡を受け、その後も引き続き従業員として徳島船井の従業員であった者を継続雇用し、船井電機からの受注を主として営業をしていたが船井電機からの受注が全く無くなったため破産に至ったものであり、このような船井電機との深い関係があるので、控訴人は船井電機に対し整理解雇した従業員を雇用するよう交渉すべきで、その事項についてもその可否につき参加人らと団体交渉すべき義務がある。」(原判決七枚目裏一〇行目ないし八枚目表五行目)との理由から本件救済命令を発したとする。

(2) しかしながら、上告人は、上告人が発した救済命令書において右のような判断を下していないし、第一審及び原審(控訴審)においても右のような主張をしていないのである。

(3) 上告人は、原審において、平成二年三月八日付準備書面で被上告人から、「船井問題については、控訴人(被上告人)会社は何ら処分権限がなく、法律上別個の法人である以上、団体交渉の事項にはならないのである。」との主張があり、これに対して、平成二年四月二七日付準備書面において、「補助参加人は、控訴人(被上告人)会社の破産や再建には船井電機が重要な関係を持っているとして、船井電機との関係を問題にしているのであり、船井問題は、補助参加人要求の団体交渉議題である「倒産・解雇・再建などの問題について」の中に含まれ、団体交渉事項の一つになるのである。」と主張しただけのことであり、被上告人に対して、「船井電機に対し整理解雇した従業員を雇用するよう交渉すべき」という義務までも負わせるような主張はしていないのである。

(4) しかるに、原判決は、「控訴人(被上告人)は船井電機に対し整理解雇した従業員を雇用するよう交渉すべきで、その事項についてもその可否につき参加人らと団体交渉すべき義務がある。」との理由から上告人が本件救済命令を発したとするのは、上告人の発した救済命令を理解しないだけでなく、上告人の右準備書面の内容をも理解しないものである。

(5) 右のとおり、上告人の下した救済命令及び準備書面における主張を曲解した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな手続の法令違背がある。

四(1) 原判決は、理由三の3の(七)において、「控訴人(被上告人)代表者は倒産後に船井電機に従業員を雇用して欲しい旨の交渉する目的で連絡したところ、船井電機から会うことを拒絶され、板野町の係員、徳島県の労働部次長などに、控訴人代表者が船井電機の関係者と会えるよう取り計らうことを依頼し、同人らが船井電機の関係者に会いその旨伝えその際控訴人の従業員を雇用する意思の有無をも尋ねたが、いずれもその従業員を雇用する意思がないので会わない旨その申込を拒絶され、控訴人代表者はその件については船井電機の関係者と会うことさえできない。」(<証拠略>)旨の事実を認定する。

(2) しかしながら、被上告人代表者が船井電機と交渉しようとした内容は、本件不当労働行為救済申立事件第二回審問(昭和六二年一一月七日)における被上告人代表者の証言調書(<証拠略>)において、「組合は、受注確保に船井電機へ組合と共に努力しろということであったんですが、当時、私は、組合は船井電機に対して本社に押しかけたりして、その雇用と経営の責任を持てというような戦術なんだから、それでは、仮に船井電機のほうから回してやろうという気があったとしても、雇用と経営の責任をもてということで責めておるような状況の中では、この池田電器に発注すれば、組合の要求を受け入れて認めたというような一つのエビゼンス(「証拠」の意味と思われる。)につながるというようなおそらく考え方で船井は応じないであろうと。だから是非とも今の池田電器を救うのは船井電機から、これから開発するものについては何か月も先になるわけですから、その間がもたないわけですから、池田電器は。だから、直ちに生産インできるようなものを回してもらうのは、船井電機以外にないから、戦術を組合にどうしろという権利は私にないけれども、雇用とか経営の責任ということでなくて、それは法的にわが社とは何の関係もないんだから、そういうことじゃなくて、コマーシャルベースで仕事を、とにかく池田電器の今こういった窮地に陥っているんだから、仕事を回してほしいというようなことでなければ、船井電機は絶対会わないであろうし、それには応じてくれないというような説明も私はしてあります。」と述べているとおり、従業員の雇用の話ではなく、受注確保についてである。

(3) 右のとおり、被上告人代表者が行ったのは受注確保についてであり、原判決が、「船井電機に対して従業員の雇用確保を求めて交渉すべく努力したが船井電機の関係者と会うことさえできなかった。」旨の事実は、いかなる証拠からも見い出すことができないのである。

(4) 被上告人代表者が従業員のためにどのような努力をしたかは、誠実団体交渉の判断材料としては重要な事項であり、このように重要な事項を誤認した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の法令違背がある。

五(1) 原判決は、上告人が、「そのころ債権者から破産申立があり、控訴人(被上告人)が昭和六三年一月一九日徳島地方裁判所で破産宣告を受けた。」(<証拠略>)との事実を理由の一つとして、本件救済命令を発したのは争いのない事実であるとする。

(2) しかしながら、上告人は、本件救済命令書において、当該破産は、自己破産であると認定しており、この事実は、原判決が援用する(証拠略)(破産決定書)によっても明らかである。

(3) 破産会社が強制和議、破産廃止を含めた事項についての団体交渉に応ずべき義務が存するか否かを判断するに当たり、破産申立人が債権者か破産会社自身であるかは重要な事項である。

(4) 右のとおり、当事者が主張していない事実を採用したうえ、破産申立人を債権者と誤認した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな手続き及び採証法則の法令違背がある。

六(1) 原判決は、理由三の4の(四)において、「それからさらに三年後の昭和六二年五月一一日破産宣告を受けた時点では、」(<証拠略>)と判示する。

(2) しかしながら、「昭和六二年五月一一日」は、原判決が援用する(証拠略)(和議手続開始決定申立書)でも明らかなとおり、被上告人が和議を申し立てた日であって、破産宣告を受けたのは、前記五でも指摘のとおり、「昭和六三年一月一九日」である。

(3) 右のとおり、事実を誤認した原判決には、判決に重大な影響を及ぼすことが明らかな採証法則の法令違背がある。

第二点 原判決の判断には、次のとおり理由不備、理由齟齬の違法並びに判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈を誤った違法がある。

一(1) 原判決は、「控訴人(被上告人)が支部組合との従前の団体交渉の過程において組合に対し示した破産に至るまでの経営状況の資料が、第一一期、第一二期の決算報告書、貸借対照表だけであり、充分であったとは言えないが、控訴人の人員削減等経営再建に関し資料に基づく説明のための団体交渉は、既に裁判所において破産手続が進行している現在においては、控訴人代表者がそのためだけに今後新たに団体交渉に応ずべき義務はないものというべきであり、この点の被控訴人(上告人)主張は理由がない。」(<証拠略>)と判示する。

(2) しかしながら、上告人は、経営資料に基づく説明のための団体交渉を命じたのではない。

(3) 大幅な人員削減、倒産、解雇という問題は、従業員にとっては生活、身分に関わる重大問題であるだけに、団体交渉にあたって、被上告人は、まず経理内容を含めて詳細な経理状況を明らかにする資料を参加人組合に提示し、これに基づいて参加人組合に対して充分な説明を行い、その理解を求める必要があるところ、被上告人は、第一一期及び第一二期分の貸借対照表・損益計算書を参加人組合に提示しているが、これが会社が和議申立てまでに参加人組合に提示した唯一の資料であり、しかも、この資料を基に会社が参加人組合に対して詳細に説明した形跡はなかった。また、資料の提示は、和議を申し立てるわずか一か月前であり、参加人組合は、内容を充分に検討する時間的余裕さえ与えられなかったのである。加えて、人員削減についても、ただ、大幅な人員削減に応じてほしい、でなければ倒産は避けられない旨を発言するだけで、どの程度の人員削減が必要であるのか、その程度、方法、また合理化後の将来展望を含めた具体的な再建計画などを示したこともないばかりか、和議申立以後の団体交渉においても、何ら合理的理由を説明することなく、「解雇撤回、会社再建の要求には一切応じられない。」との態度に固執し、ついに団体交渉を拒否するに至ったのである。

(4) 上告人は、これらを総合的に判断して、参加人組合が申し入れた「倒産・解雇・再建などの問題について」の事項に、被上告人が誠意を持って団体交渉を尽くしたと認めなかったものである。勿論、経営状況等の資料の提出及びその説明が不充分であったことをも判断資料としたが、そのことのみをもって不誠実団体交渉と判断したわけではない。

(5) しかるに、原判決は、上告人が経営資料に基づく説明のため団体交渉を命じたかの如く解釈し、これに応ずべき義務がないと判示するものであるが、この判示は、右のような団体交渉の経緯からみて、被上告人は未だ誠意ある団体交渉を行っていないと判断した上告人の救済命令の趣旨を理解しないものであり、労働組合法第七条第二号の誠実団体交渉の解釈を誤った違法がある。

(6) さらに、原判決は、既に裁判所において破産手続が進行していることを団体交渉の義務がない理由に挙げているが、破産会社の当事者適格については、原判決理由一の1及び2において、「破産宣告を受け破産管財人が選任されて破産手続中である会社の労働に関する権限は、破産手続の進行を前提とする従業員の退職金、一時的な労働者の雇用等については破産管財人に属し、破産管財人が団体交渉の当事者適格を有するので、破産会社の代表者であった者はその殆どの権限を有せず、原則として、団体交渉の当事者適格を有しない。しかし、会社代表者には破産廃止の申立権があり、将来事業を再開する法律上の可能性が全くないわけではなく、それを目標とした再雇用ないし労使関係の経営改善の努力の可能性があるとき、又は、他の企業と親子会社の関係にあり代表者の努力によって整理解雇した従業員をその親会社に雇用させることができるときなどの特別の事情がある場合には、破産会社の代表者も団体交渉の当事者適格を有するものと解するのが相当である。」(<証拠略>)とし、さらに、「ところで、団体交渉の事項は、権利に基づき直ちにその履行を求める場合に限定されるものではなく、未確定の事項につき使用者及び労働者が交渉の上新たな法律関係、権利関係の労使関係を設ける機能をも有するもので、このような労使関係に事実上の効果を及ぼすべき前記特別事情の存否についても又交渉の対象となるというべきであるから、原則として、組合が右の特別事情に関連して団体交渉を求める場合には、破産会社代表者はその限度で団体交渉の当事者適格があるというべきである。」(<証拠略>)と判示するのである。

(7) ところで、本件団体交渉は、倒産、解雇、再建についてであり、これは、右に引用する原判決理由二の1及び2において判示するところの特別事情に該当するものであって、破産手続中を理由に団体交渉応諾義務がないとする判示は、理由不備ないしは理由齟齬の違法を犯したものである。

二(1) 原判決は、「控訴人(被上告人)が破産廃止の申立をするには、破産債権者の同意を要するところ、弁論の全趣旨によると、控訴人は控訴人代表者個人所有の工場敷地及び建物で約二億円の債務を弁済することを骨子とした和議申立をしたが、裁判所により、池田(被上告人代表者)の個人資産では池田個人の債務の弁済にも満たないので、和議債権者の弁済に当てることはできず、従業員が企業を再建し解雇を撤回するよう求めて争訟中であり、会社財産の売却の可能性がないことから、その申立が棄却されており、その後右事情に変更があったことの主張立証もないので、他に破産廃止に関し破産債権者に対する弁済のため提供すべき資産がなく、破産債権者から破産廃止の同意を得ることが殆ど不可能であることが認められるから、その点で控訴人には団体交渉義務がないということができる。」(<証拠略>)と判示する。

(2) しかしながら、上告人は、破産廃止の可能性の有無のみをもって、誠実に団体交渉すべきことを命じたわけではなく、前記第一点の二の(3)で述べたとおり、団体交渉の結果によっては、強制和議や破産廃止の法律上の制度を利用しての事業の継続の途、又は、その他の手段による労働者の雇用の確保を図る余地が全くないとは言えないだけに、破産原因、再建の可能性の有無を含め、誠意ある説明・協議を尽くすことを期待したのである。

(3) 労働組合法第七条第二号の趣旨は、誠実に団体交渉をすべきことを使用者に義務づけるものであって、組合の要求を受諾して譲歩する義務まで負わせるものではない。使用者は、自己の所信、見解、結論を固執する合理的な理由、たとえば、経営状態、今後の経営見通しなど自己の主張を裏付ける資料を提示し、具体的、かつ、明確に説明しなければならない。しかもその説明は、単なる諾否の回答や一方的な見解の表明では不十分で提示の資料を基に相手方に納得させる努力を要する、と解釈されるものである。

(4) しかるに、原判決は、破産債権者から同意を得ることが殆ど不可能であることが認められるから団体交渉義務がないということができると判示するのであるが、誠実団体交渉は、右のように使用者が組合の要求を受諾して譲歩する義務を負うものではなく、上告人もこの考えを基に、倒産・解雇・再建という従業員にとっては、生活、身分に関わる重大な事項について、それらの可能性が存するか否か自体をも含め、誠実に団体交渉せよと命じたものである。

(5) 右のとおり、上告人が命じた誠実団体交渉の趣旨を曲解したうえ、「破産廃止の同意を得ることが殆ど不可能であることが認められるから、その点で控訴人(被上告人)には団体交渉義務がない。」と判示する原判決には、労働組合法第七条第二号の誠実団体交渉の解釈を誤った違法がある。

三(1) 原判決は、「船井電機及び旧徳島船井と参加人ら間の徳島地労委での前記和解(<証拠略>)は、旧徳島船井が解散結了により法人格を消滅したのに伴いその効力が消滅したものであり、従って、この和解に基づく船井電機との雇用関係の存続を根拠とする被控訴人(上告人)の主張は理由がない。」(<証拠略>)と判示する。

(2) しかしながら、上告人は、当該和解をもって船井電機との雇用関係の存続を主張したこともないし、雇用関係の有無についても全く判断していないのである。上告人が船井電機を問題にするのは、昭和五四年四月の営業譲渡の経緯及びその後の被上告人の経営実態からみて、「補助参加人は、控訴人(被上告人)会社の破産や再建には船井電機が重要な関係を持っているとして、船井電機との関係を問題にしているのであり、船井問題は、補助参加人要求の団体交渉議題である「倒産・解雇・再建などの問題について」の中に含まれ、団体交渉事項の一つになるのである。」と主張しているものにすぎない。

(3) 右のとおり、原判決は、上告人のしていない主張を基に判示したものであり、理由不備ないしは理由齟齬の違法がある。

四(1) 原判決は、「控訴人(被上告人)代表者が右認定のように船井電機に対し従業員の雇用を求めて交渉すべく努力した。しかし、控訴人は船井電機の関係者とそのことにつき全く会うことさえできなかったものであり、現在では、既に控訴人代表者が船井電機に対し従業員の雇用につき、努力すべき義務は存在しないというべきである。」(<証拠略>)と判示する。

(2) しかしながら、上告人は、前記第一点の三でも述べたとおり、被上告人は、「船井電機に対し整理解雇した従業員を雇用するよう交渉すべき」であるとの理由から本件救済命令を発したのではない。

(3) すなわち、上告人は、被上告人に対し、船井問題を含めた「倒産・解雇・再建などの問題について」の議題について誠意をもって団体交渉するよう命じているのである。

(4) また、原判決は、被上告人代表者が船井電機に対して従業員の雇用を求めて交渉すべく努力したとの事実を認定しているが、前記第一点の四でも指摘のとおり、同人が船井電機と交渉しようとしたのは受注確保であって、雇用確保に努力したとの事実は存在しないのである。

(5) 右のとおり、上告人のしていない主張及び誤認の事実を基にした原判決には、理由不備ないしは理由齟齬の違法並びに判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈を誤った違法がある。

第三点 以上のとおり、参加人組合が申し入れた「倒産・解雇・再建などの問題について」の団体交渉を被上告人が拒否したのは、労働組合法第七条第二号に該当する不当労働行為であり、(同条第三号に当たるとの主張は、上告人も参加人組合もしていない。)上告人が被上告人に命じた救済命令を裁量権の濫用にあたるとして取り消した原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな手続及び採証法則の法令違背並びに理由不備ないし理由齟齬の違法並びに労働組合法第七条第二号の解釈を誤り判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があり、破棄されるべきである。

以上

(平成三年(行ツ)第一六〇号 上告人 徳島県地方労働委員会)

上告補助参加人代理人林伸豪、同川真田正憲の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある。

1、原判決は控訴人(被上告人)の人員削減等経営再建に関し資料に基づく説明のための団体交渉は、すでに裁判所において破産手続が進行している現在においては、被上告人代表者が、そのためだけに今後、新たに団体交渉に応ずる義務はないと断じているが、かかる判断は労働組合法第七条二項の解釈を誤ったものである。理論的には裁判所における破産手続と、団体交渉の要否は関係がないものというべきである。被上告人代表者との間で、具体的資料にもとずく団体交渉がなされなかったことは、会社の不正な経理、浪費の存否、その他、多数の従業員を雇傭する社会的存在としての会社の経営が適正、妥当に行なわれたか否か等の問題点を明らかにし、会社再建に向けての実質的かつ有効な話し合いがなされなかったに等しいものであり、原判決のような判断は労働組合法七条二項の精神を骨抜きにするものといわなければならない。

2、被上告人が破産廃止の申立をするには、破産債権者の同意を必要とするものであるが、この点、原判決は破産債権者から破産廃止の同意を得られることがほとんど不可能とみとめられるから、その点で被上告人には団交義務がないとする。これも又、労働組合法第七条二項の解釈を誤ったものである。

被上告人代表者は、具体的に、破産債権者に対して、破産廃止の方向での伺いを全くしておらず、又別除権者においても、今日に至るも、担保権の実行手続もとっておらず、そのような状況下で、なにゆえ、原判決のように破産廃止の同意を得ることが不可能といえるのであろうか。不可能かどうかは、被上告人代表者において、努力をしたが、不可能であったという場合において、言いうるのである。

二、原判決には理由不備ないし審理不尽の違法(民訴法三九五条一項六号)の違法がある。

1、原判決は昭和五〇年一二月一八日付の徳島地方労働委員会における船井電機、徳島船井、参加人らとの間の和解(<証拠略>)の解釈を全く恣意的に行ない、種々の誤った判断を行なっている。

原判決は、旧徳島船井が解散終了により法人格を消滅したのにともない、その効力が消滅したとし、船井電機と参加人従業員の雇傭関係も消滅したという。かかるひどい恣意的な解釈が、どこから生まれてくるのであろうか。

旧徳島船井と新徳島船井は、実質は全く同一であり、ただ、旧徳島船井がすでに解散登記をしていたため、これを再開という形式をとらずに、新徳島船井という商業登記を起こしたにすぎないものであり、徳島船井自体の同一性は、いささかもかわることがないことは、一件記録上明らかである。

そして、さらに驚くべきことは、船井電機と従業員の雇傭関係も消滅したとする点である。

船井電機は和解の一方当事者であり、船井電機自身が、従業員の「雇傭する」ことが(証拠略)には銘記されているのであり、この合意が何故失効するであろうか。原判決は、全く語っていないのである。

さらに原判決はつづいて、昭和五四年一〇月になされた組合員と被上告人との間の裁判上の和解についての解釈を全く恣意的に行なっている。

この和解の前提として、支部組合員と、被上告人との間に労使関係が存するとした場合でも、支部組合員と船井電機との雇傭関係(<証拠略>によるもの)は何ら消長を来たさないということを確認をしたものであることに留意しなければならない。

2、また原判決は、被上告人の船井電機よりの営業譲渡(昭和五四年四月)につき、これまた恐るべき解釈を行なっている。

原判決は右営業譲渡のさい、従業員が整理解雇されたとし、徳島船井との間の雇傭関係は消滅したとしている。どこからこのような解釈が生まれてくるのであろうか。昭和五四年四月のいわゆる営業譲渡は、船井電機が池田孝に株式を譲渡するという方法でなされたものであり、徳島船井が池田電器に、その後商号変更なされたにすぎず、法人としての会社の同一性は、右営業譲渡の前後で何らかわるところはないことは明らかといわなければならない。

しかるに、原判決は、前記のごとく、営業譲渡にともない従業員との労使関係は消滅したなどと全く考えられないような解釈をし、さらには、被上告人がその後、新たに従業員を雇傭したものであり、又、船井電機は支部組合員を含む従業員とは雇傭関係はなかったとする解釈、認定については、あきれるばかりである。これぞ、民訴法第三九五条一項六号の理由不備、審理不尽の最たるものである。

3、そして、このような数々の誤りを犯した原判決は、被上告人会社が破産宣告をうけた時点では、その代表者は船井電機と従業員の雇傭に関し、交渉する何らの手段もなかったにもかかわらず、代表者が船井電機に対して雇傭を求めて交渉すべき努力したとの誤った結論に達した。被上告人会社従業員は参加人主張のように、船井電機と密接な雇傭関係が存し、それを前提として被上告人会社は船井電機と企業再建にむけて交渉すべきであった。

そして、参加人が強調しているとおり、被上告人会社は、もともと船井電機の一工場としの経済的、人的、資本的基盤しかなく、現に長年、そのような工場として運営されてきたが、昭和五四年四月以降においても、その実態にかわりなく、船井電機の援助、発注がなくなるや、被上告人は、ただちに倒産状態におち入ったのであるから、従業員が前記船井電機との雇傭関係の存在を前提として倒産状態におち入ったことについての経営的諸問題を十分に被上告人に対して具体的に問いただし、企業再建を目ざすことは当然の権利というべきである。

三、以上のように原判決は法令の解釈を誤り、その上に理由不備、審理不尽の違法を重ねた結果、重大な誤りを犯したものであり破棄されるべきである。

以上

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